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2011年01月26日

リレーブログ<22>

『 一番“本気”で“汗”した仕事 』

atop.jpg
技術推進部 : 壁谷茂樹
1996年 入社。
制作技術部、制作部(ラジオ)
スポーツ部などを経て、現職。

 

 

CAMVESWDP

CBCで僕がしてきた仕事は大雑把に分ければ
こんな感じです。

なんだか分かりますか?

 

答えは‥

カメラマン、ビデオエンジニア、スイッチャー、
ディレクター、プロデューサーです。

放送局を目指す皆さんならどれも
一度は聞いたことがあるのでは?

リレーブログと言うことでいろいろな部署の先輩後輩が
放送局の様々な職種についてブログを書いてくれていますが、
僕の場合、入社後の自分の職歴で
ある程度ひとりリレーブログができます。

しかも制作、技術、テレビ、ラジオと経験し、
カタカナ、英文字で表せる職種が多いのも特徴かも知れません。

テレビ制作希望で入社しながらも、最初の仕事はカメラマン。
ドラマ、バラエティー、スポーツ、ニュースなど
いろいろなものを撮りました。

cam1_nd.jpg  

 初期のカメラマン時代。完成直後のナゴヤドームにて。

当時、軽くて高性能な市販のビデオカメラが出回り
オートフォーカスや手ぶれ防止機能も付き始めた時代。

とてつもなく高い放送局のカメラには
それは!それは!もの凄い機能が付いていて
誰にでも撮れると思っていた僕はびっくりしました。

重い!重い!
揺れる!揺れる!
ぼける!ぼける!

人生で一番怒られた時期かもしれません。
(入社1年でそれまでの人生で怒られた回数をあっという間に超えました)

テレビを見る目も一気に変わりましたね。
職業病の日々です。

映画館で映画を観ていてもカメラワークばかり気になり
気が付けば全く内容を覚えていなくて
もう一度、最初から観たこともありました。
(でも結局、2度目もカメラワークが気になるのですが‥)

自分の撮る絵がぼけていれば観ている人もぼけた絵しか見えない。
自分の撮る絵が揺れていれば観ている人も揺れた絵しか見えない。
でも僕はその絵を提供することで給料をもらっている。

この事実に、すごいプレッシャーを感じましたが
それだけに自分が納得できる絵を提供できたときの充実感は
なんとも言えません。

「これが仕事なんだなぁ」って思いました。   

  asidecar.jpg
    ディレクター、アナウンサー、ドライバーさんと
             本番前に。

cam2_citymarason.jpg
   サイドカーカメラで僕が追っかけているのは、
 後のアテネ五輪金メダリストの「野口みずき」選手。

ちなみに‥、この頃たまに褒められることによって
褒められることの嬉しさも新ためて実感しました。

「こんなに嬉しいんだ!」って(笑

僕にとって最初の仕事であり
比較的分かりやすいカメラマンを例に出しましたが
それはVEであっても、スイッチャーであっても、
ディレクターであっても、プロデューサーであっても同じです。

常に発見があり、新たな出会いがあり、
それぞれに責任があり、
そこでしか味わえない充実感があります。

 

asw.jpg

    スイッチャー時代。主にドラマを担当。
      出演者、制作、美術、技術‥
      みんなで作り上げたシーンを
たった一つのスイッチングで壊してしまうこともあれば、
          救うこともできます。
この頃は私生活の全ての出来事がフレーム単位で見え、
  何を見ても「フレーンイン」「フレームアウト」などと
呟きながら一人で頭の中でスイッチを切っていました。
朝起きたときに自分の夢をスイッチングしていたことに
 気がついたときはさすがにマズイと思いましたね(笑

興奮と緊張の連続で、
一番心臓に悪かった時期かも知れません。

※ スイッチャー 
      監督やディレクターの指示に従って
          カメラ、音声、照明をまとめながら
画面を切り替える人


atyatan_studium.jpg     sport_d_in_tyatan.jpg

         スポーツディレクター(プロデューサー)時代。
        2007年春の沖縄・北谷球場でのオープン戦中継。
     沖縄から北海道まで本当に色々なところ(球場)に行きました。
 

 

    asports_data.jpg  

            元々野球好きのドラゴンズファンでしたが、
          全然知識が足らずに、例えば試合毎のデータを
            こんな資料をまとめたりして勉強してました。

一番多くの距離を移動し、打率、予算など、
一番数字とにらめっこした時期かも知れません。

 

 

 

 

aradio_d.jpg

     ラジオディレクター(プロデューサー)時代。
  在名民放テレビ局の中で唯一ラジオというメディアを
           持っているのがCBC。
     少人数で番組を作れるため機動力にすぐれ、
       自分のアイデアもすぐに反映でき、
      アーティストや取材先の方々を含め、
       本当に多くの出会いがあります。

 

 

bbaaradio_d_rack.JPG

      政治、経済、芸能、スポーツなど
        取り扱う範囲が広いため、
    毎日毎日、新聞や雑誌、音楽資料などに
        囲まれた生活になります。
              自宅も(汗

 

 

苦労と感動の繰り返しで、
一番想い出に残る時期かも知れません。


いろいろな部署でいろいろな番組を担当すれば、
当然名刺も多くなりますが
特にこの名刺は決して忘れないですね。

 

amajiru_card.jpg

 CBCラジオの深夜の生ワイド番組「本気汗(まじる)」
     
9910月~、月~金 2225時)。

入社4年目。ラジオの番組制作に携わるようになって
わずか1年で与えられた初めてのプロデューサーという仕事。


プロデューサーは簡単に言えば番組の責任者。
それまでずっと怒られ、指示を受ける側の仕事だっただけに
一度は断ったほど、そのプレッシャーは凄いものでした

初めてタレントの方たちと本格的に仕事をし、
番組の存在がその人たちの生活をも左右することを実感しました。
そして番組の先には多くの視聴者(聴視者)の方がいることを
しっかりと意識できるようになったのもこの頃です。


今にして思えば番組名どおり、
一番本気で色々な汗をかいた時期だった気がします。

この番組を通して得た経験や人脈は、
僕の一番の財産です。

当時水曜日を担当してくれていた
「海砂利水魚」(現:くりぃむしちゅー)の二人には、

番組終了後も「本気汗にしがみついている男!」と、
よく笑われましたが
僕の原点なので仕方ありません。
(今でも上田さんに「海砂利水魚の本気汗またやりたいね」って
 メールしてますが(笑)


ちなみに現在は国策でもある
上デジタル完全移行に関わる部署で働いています。
今年は最初の写真にある名古屋テレビ塔から
CBCの電波が出る最後の年でもあります。
そう思うとちょっといとおしく見えてきませんか?

【 皆さんへ 】

僕の好きな言葉に
「Don't think! Feel‥(考えるな!感じるんだ‥)」
というのがあります。

就職活動は人生の大切な分岐点。
色々なことを考え、煮詰まってくる時期だと思いますが
そんなときこそ、考えすぎずに感じとってみて下さい。
自分が何をやりたいのか?なにができるのか?
就職試験でも感じるまま素直に自分を表現したほうが
きっと一番よい自分が伝わると思います。

そしてCBCは就職後も素直に自分を表現できる会社だと思います。
ぜひ内定を勝ち取って一緒に本気で汗できる仕事をしましょう!

 

 

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