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2012年03月05日

リレーブログ<14>

『あのとき僕は、“ヨソ者”だった』 

sotake.JPG

ロサンゼルス支局 : 大嶽昌哉
1998年 入社。
事業部、報道部などを経て、
2011年から現職。

大学を卒業し、地元名古屋のCBCにUターン就職した私。
関西という新たな文化・人々に出会い、大きな衝撃を受け、
自分自身へのみやげとして、経験を持ち帰ってきました。

 
他の土地で暮らしたことで
ふるさと名古屋の良いところを再確認する一方で
「こうであればもっと名古屋は輝く街へと生まれ変わる」と
20代なりの考えを構築することもできました。
関西での“ヨソ者”生活から
勝手知ったる名古屋でノビノビと社会人生活を始めたのです。

しかし、Uターン就職したからといって、
ずっと名古屋にいるだけで、
私の社会人生活が終わるわけではありません。
まずは、最近のこのブログで
後輩たちも経験を語っている東京支社報道部。
国会や官邸、それに霞ヶ関での取材に加え、
JNNキー局であるTBSとの仕事。
そして、他系列のキー局のみなさんとの交流もあり、
多くの人と出会い、放送人としての見聞も広がりました。

「東京での勤めを終え、再び名古屋へUターン」と思っていた矢先
発令を受けたのは、報道記者として岐阜支社への異動でした。
24時間眠らない街から、暗くなると人通りの疎らな街へ。
当時岐阜は、百貨店などの大型店舗の撤退が相次いだ時期で
街が本当に元気を失い、シャッター街も増えていました。
しかし、元気が無いながらも、
街の活性化に取り組む人がいたり
広い県土の中にはふるさとの名産品を売り込もうとする人がいたりと
深く掘り下げていくと、街の静けさとは対照的に
元気で魅力溢れる人や地域であることに気づきます。

岐阜の務めを終えた後は、久しぶりに名古屋へUターンしました。
こうなると、名古屋の街も思った以上に変化していて
これまた興味深いものになっていました。

して、現在の私。

アメリカ・ロサンゼルスにいます。
Uターン就職をした筈ですが、とうとう海外に来てしまいました。
当然ながら、すべてが初めて接する文化。
日常生活はもちろんのこと
テレビ局などアメリカメディアと仕事をする機会も多く
とにかく日々刺激を受け、興味の対象が果てることは無さそうです。

sOtake-san_in_Hawaii_2.JPG

 

東京、大阪、名古屋、岐阜、そしてロサンゼルス。
旅行や短期留学といった短い間の滞在ではわからないことが多く、
想像や人から聞いたことだけでは気づかないことも多いのです。
もちろん楽しいことばかりではなく、
困難に立ち向かわなければならないことも多いです。

できるだけ多くの異なる土地に暮らし
できるだけ多くの空気を吸うこと。
これは本当に大きな糧になることでしょう。

CBCにはそんな“ヨソ者”体験ができる舞台も用意されています。

 

 

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