2017年7月

「電話の取り方を教えて下さい!」

北辻利寿

2017年7月28日

ある大学の就職担当者から聞いた驚くべき話である。

この春のことだ。無事に就職が決まり、卒業を直前に控えた学生が就職課にやって来て、社会に出る前に教えてほしいことがありますと言う。
どんなことかと問いかけると、その学生は次のように答えたそうだ・・・

「職場の電話にどのように出て、どのように上司に取り次げばいいですか?不安です。教えて下さい」

携帯電話の普及はめざましい。
総務省の平成28年版「情報通信白書」によると、その普及率は2015年で95.8%。この内スマホについては72.0%と言う。
今やほとんどの人が携帯電話を持ち、3人に2人以上がスマホを持っていることになる。

その一方で、固定電話は次第に数が減り始め、2006年には90.1%だった普及率が10年たった2015年は75.6%になった。

かつて電話と言えば固定電話であり、家庭に所有しているならば、それは家族が集まる居間か、あるいはその近くに置かれていた。
友人に電話をかけると多くの場合、親や祖父母が出て、友人本人に取り次いでもらった。
ガールフレンドに電話すると、父親が出てきて、いきなり緊張を強いられた思い出もある。逆に自分の家に友から電話がかかってくる場合もあり、この場合は家族が取り次いでくれた。
ついつい長電話していると、周りから「いつまで話しているんだ」という声が聞こえてきたこともある。
子を持つ身となって久しいが、「わが子の友人の声をあまり知らないな」と思ったことがあった。
私は友人の親の声をよく知っていたし、私の親も、私の友人の声を知っていた。しかし今は・・・。

実際、一人暮らしの学生や社会人も、携帯電話を持ち自宅に固定電話は引かないケースが多い。
それぞれが携帯電話という通信手段を"個"で持ち、"個"同士で連絡を取り合う時代になったのである。
そして、携帯電話の場合は、かけてきた相手の名前がディスプレイされるため、お互いに名乗らなくてもすぐに用件に入ることができる。
そして・・・冒頭の大学での話である。
社交場としての電話は今や姿を変えた。

職場の電話にかかってくる電話。
交換台を通すならともかく、直通電話の場合は、一体誰からかかってきたのかが電話に出るまでわからない。
まして、自分宛てなのか、職場の上司や先輩宛てなのかもわからない。
"個"にかかってくる電話には対応できるが、組織にかかってくる電話をどう受けとめていいのかがわからない。
今まさにこういう事態が起きているのである。
新入社員が、職場での"電話ノイローゼ"になったという話まで耳にした。
携帯電話は私たちの生活や仕事に信じられないほど多くの便利さをもたらした。
人と人とのコミュニケーションも大きく変貌した。
そんな中、"会話力"という大切なものが間違いなく姿を消しつつあるように思う。

大相撲7月場所で名古屋を訪れた旧知の親方ともそんな話になった。
その親方の東京の相撲部屋には今も公衆電話が置いてあるそうだ。
その電話は部屋の固定電話番号にもなっており、電話が鳴ると若い力士や修行中の若い呼び出しらが、部屋の名前と自分の名前を必ず名乗って取り次ぐルールだと言う。
心がホッとした会話だった。

【東西南論説風(2)by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

「土用の丑」に想う・・・ウナギの今

後藤克幸

2017年7月24日


【CBCテレビ イッポウ金曜論説室】

●今年の夏は「土用の丑」の日が2日あります。

一般に、夏の「土用」は、立秋の前の18~19日の期間をさし、

この中で、十二支の「子・丑・寅・・・」を割り振った日をあてていくと、

「丑の日」が今年は、7月25日と8月6日の2回あるのです。

●ウナギを食べるのはなぜ?

 土用の丑の日にウナギを食べる風習の起源については、諸説ありますが今回は2つご紹介しましょう。

「平賀源内」説;そもそも天然のウナギは、夏が旬の魚ではなく、冬眠に備えて栄養を蓄える秋が美味しいんだそうです。江戸時代の学者、平賀源内は、近所に住んでいた魚屋さんから「夏のウナギは人気が無くて売れ行きが悪い。夏にウナギを売る良い方法はないでしょうか?」と相談を受け「真夏の土用の丑の日に、ウナギが夏バテ防止に効く、といって売り出したらどうか」とアドバイスをし、それが大当たりして庶民に広まった・・・というのです。

「万葉集」説;万葉集の中に、大伴家持が詠んだという次のような歌があります。

 

石麻呂に われ物申す 夏やせに 

よしといふものぞ 鰻とり召せ

 

この歌は、石麻呂という友人が夏バテでお疲れ気味だったときに、家持が、夏やせにはウナギを食べると良いと言いますから、ぜひ召し上がってくださいよ、と勧めている歌なんです。

古く万葉の昔から、ウナギは夏バテ防止に効果があるとして食べられてきた・・・という説です。


●日本人に古くから親しまれてきたニホンウナギ・・・今では絶滅危惧種

 古くから日本人に親しまれてきたウナギ。農林水産庁の統計年報によりますと、ウナギの稚魚、シラスウナギの日本での漁獲量は、1950年代には年間200トン前後でしたが、現在では、10トン前後に激減。日本ウナギは、絶滅危惧種に指定され、ウナギの生息環境の保護や乱獲防止などの資源保護対策が求められています。

 

今年は2回ある「土用の丑」の日・・・改めて自然の恵みに深く感謝しながら、夏の疲れを癒す機会としましょうか。

 

 【CBCテレビ イッポウ金曜論説室】

シロ?クロ?その判定に異議あり

北辻利寿

2017年7月21日

 プロ野球のオーナー会議が、オールスターゲームを前に開催された。その席上で、日本野球機構(NPB)に設置されているリプレー検証検討委員会から報告されたのは、米国のMLBが採用している「チャレンジ制度」の日本での導入についてであった。
 日本のプロ野球では現在、2010年から本塁打に限ってリプレー検証が、そして去年2016年から本塁でのクロスプレーについてもリプレー検証が採用されている。今回の「日本版チャレンジ」は、この枠をさらに拡げようというもので、本塁以外でのクロスプレーやそれぞれのチームから検証を求めることができるという内容である。早ければ来シーズンからの導入をめざすという報告であった。MLBの場合は、「チャレンジ」用のスタジオをニューヨークに用意し、全米30球場からの映像を一括して管理。専門の審判員が待機して、球場の審判員と連携をしながら検証を進める大がかりなものだ。さて、日本では一体どこまで、それが可能になるのだろうか?

 そんな話題が出た月の初め、ひとりの野球人が逝った。上田利治さんである。享年80歳。上田さんを有名にしたのは、何といっても、37歳の若さで監督に就任した阪急ブレーブス(当時)を1975年(昭和50年)からパ・リーグ4連覇させたことだろう。この中には3年連続の日本一が含まれている。「プロ野球の判定」と聞いて思い出すのは1978年の日本シリーズ。上田監督にとっては4年連続の日本一がかかった第7戦の猛抗議だろう。相手はヤクルトスワローズ。当時はまだ日本シリーズがデーゲームだった。1点リードされた6回、ヤクルトの主砲・大杉勝男選手が放ったレフトポール際の打球が本塁打になると、上田監督はベンチを飛び出した。ファウルだと主張し、本塁打判定の取り消しを求める上田監督は守備についていた選手をベンチに引き上げさせ、左翼審判の交代をも求めた。抗議時間は実に1時間19分。結局、判定は覆らず、ゲームは4-0でヤクルトが勝利して、阪急は4年連続の日本一を逃した。それほど重い判定だった。もし、リプレー検証が採用されていたらどうだったのだろうか。

 スポーツでの判定というと、もうひとつ思い出すのが大相撲での横綱・北の富士と関脇・貴ノ花(先代)の一番である。上田監督猛抗議の日本シリーズから遡ること6年の1972年(昭和47年)初場所。土俵中央で組んだ二人の力士。北の富士が左からの外掛けに出るが、足腰の強さが並大抵でなかった貴ノ花はそれを残す。すると北の富士は全体重をかけながら今度は右からの外掛けに出る。それを貴ノ花はプロレスのバックドロップよろしく身体を反らせながら投げようとする。北の富士の右手が先に土俵に突き、その後二人は土俵に倒れこんだ。行事軍配は「つき手」で貴ノ花に上がる。しかし物言いがつき、結果は「貴ノ花の体はすでに"死に体"。それをかばった"かばい手"」と軍配が覆り、結果は行事差し違え。北の富士が「浴びせ倒し」で白星を上げたのだった。当時はビデオ判定もなく、こちらも審判員の目だけが決め手だった。

 スポーツの世界から曖昧さが消え去っていく。誤審は許されない。しかし、人が人を判定するからこそ、お互いに切磋琢磨があり、そこに血が通うのではないかと思う。シロか?クロか?スポーツ界はその色をさらに鮮明にする道を歩んでいる。(2017/7/20)

【東西南論説風(1) by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

プロフィール

2017年7月20日

北辻利寿(きたつじ としなが)

北辻利寿

論説室長
1959年 名古屋市中川区生まれ
1982年 愛知県立大学外国語学部卒
同年中部日本放送入社、報道局に配属。
各分野の取材を担当
1992年 TBS系列JNN特派員としてウィーン支局に赴任
3年間にわたりヨーロッパ・中東・ロシア
などで取材活動
2012年 報道部長
2014年 報道局長
2017年7月~論説室長

●著書
 『ニュースはドナウに踊る』
 (KTC中央出版 1999年)
 『愛しのドラゴンズ!ファンとして歩んだ半世紀』
 (ゆいぽおと 2016年)
●その他 
 中日ドラゴンズ検定1級・2級・3級 合格認定者

石塚元章(いしづか もとあき)

石塚元章

論説室 解説委員
1957年 名古屋市生まれ
1981年 同志社大学法学部卒

〔やってきたこと〕
記者・デスク・キャスターとして/地元の事件・司法・行政・経済・おもしろいこと(?)などなんでも取材・企画・まとめ・発信。
JNNウィーン支局長として/各国を飛び回り、戦争から異国文化までリポート。
BS-TBSキャスターとして/全国ニュース取材。要人インタビュー多々。

〔大切にしたいこと〕
「硬いニュースは柔らかく、柔らかい話題も時に硬く」が入社以来のモットー。
難しいことをわかりやすくし、おもしろいことの背景に迫る。あとは、謙虚さと大胆さと...愛。

横地昭仁(よこち あきひと)

横地昭仁

論説室 解説委員
1960年 名古屋市生まれ
1984年 慶應義塾大学工学部卒

選挙で示される民意とは何か考え続けてきました。加速度的に進化する高度技術の行く末にも関心を持っています。大きな転換点とも言われる今、次の世代のために私達はどんな未来を取捨選択するのでしょうか。出来れば、その一助でありたいと願っています。

後藤克幸(ごとう かつゆき)

後藤克幸

論説室 解説委員
1957年 名古屋市生まれ
1981年 名古屋大学経済学部卒
同年中部日本放送入社。報道局配属。
名古屋市政担当、愛知県政担当など歴任後、
医学・医療分野担当の専門記者として活動。
数多くの医療ドキュメンタリー番組を制作。
医療安全、患者の権利、緩和ケアなど幅広い
医療問題を取材しながら、医療の情報公開と、
患者・家族・市民社会の情報共有が医療改革へ
のパワーになると確信。
2005年 広報部長
2012年7月~ 論説室 解説委員

●座右の銘;
「Let it be」(自然体を肯定。あるがままに、自分らしく生きる。)