藤井vs羽生対局 ・ 将棋ミステリーも人気!

北辻利寿

2018年2月16日

【CBCテレビ イッポウ金曜論説室】

昇段したばかりの藤井聡太五段と、国民栄誉賞を受けた羽生善治竜王の注目の対局。
2月17日、東京都内で行なわれる対局を見ようと会場のホール席は完売し、まさに棋界の「夢の対決」を印象づけています。

この藤井聡太さんや、昨年の引退後に活動のフィールドを大きく拡げた加藤一二三さんらの活躍によって、将棋人気はますます高まっています。そんな中、去年8月に出版された1冊の本も注目を集めています。

『盤上の向日葵』(中央公論新社)。将棋界を舞台にしたミステリーで、人気作家である柚月裕子さんが書きました。
埼玉県の山中で発見された白骨死体の近くに伝説の名人が作った将棋の駒が置かれていたことから、事件を追う刑事2人の捜査が将棋界に展開されていくというストーリーです。560ページを超える大作ですが、発売以来版を重ね、出版元の中央公論新社によりますと、現在9刷52000部というベストセラーです。

将棋をテーマにした小説は、この他にも新人ミステリー作家の登竜門と言われる乱歩賞を受賞した斎藤栄さんの『殺人の棋譜』、浅見光彦シリーズで人気の内田康夫さんが書いた『王将たちの謝肉祭』などがあります。

映画では松山ケンイチさん主演の『聖の青春』、そして最近では神木龍之介さん主演で前後篇の大作となった『3月のライオン』が評判でした。
 テレビドラマでは、今から20年ほど前の1996年(平成8年)にNHKの連続テレビ小説で放送した『ふたりっ子』でしょうか。大阪の下町を舞台に大石静さんが描いた脚本、登場人物が生き生きと躍動した朝ドラでした。「オーロラ輝子」という劇中の歌手も人気者となりました。

また歌では何と言っても村田英雄さんの『王将』。1961年(昭和36年)に発表された昭和の名曲であり、村田さんの代表曲でもあります。橋幸夫さんも1982年(昭和57年)に「あばれ駒』という歌を発表しています。このように将棋はいろいろな分野のテーマとして取り上げられています。

『盤上の向日葵』は、週刊文春が選ぶ2017年ミステリーベスト10の第2位に選ばれるなど高い評価を受けている他、4月10日に発表される本屋大賞、そのノミネート
10作品にも選ばれるなど注目を集め続けています。
本の中には、ライバル対決や師弟対決などヒリヒリするような対局が描かれていますが、
「決して緩手(かんしゅ)を指さない」
「真剣はな、気合で斬り込んでこそ、勝機が開けるんだ」
「俺は必ず勝つ。お前に一生忘れられない将棋を見せてやる」
このように将棋ファンならずともワクワクするようなセリフも登場しています。

藤井聡太五段は羽生善治竜王との対局に続き、今後は師匠である杉本昌隆七段との対局も予定されています。
若き棋士がどこまで登りつめていくのか、ベストセラー本を片手にそれを見守っていくのも楽しいかもしれません。                

【イッポウ「金曜論説室」より  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

平昌五輪と「虹と雪のバラード」

北辻利寿

2018年2月15日

画像:足成

トワ・エ・モワが歌う『虹と雪のバラード』が街に流れていた。

1972年(昭和47年)2月、アジアで初めての冬季オリンピック大会が札幌で開催され、日本中はオリンピックムードに染まった。

このオリンピック閉会直後に社会を震撼させた連合赤軍による「あさま山荘事件」が起きている。その意味では、歴史のタイミングというのは紙一重なのだろう。

 

札幌オリンピックに合わせて、小学校では「五輪ごっこ」が人気だった。

ワックス掃除が終わったばかりのピカピカの廊下でスピードスケートの選手をまねて両腕を振りながら滑ってみたり、友人にズボンの背中側のベルトをつかんでもらい前傾姿勢をとってジャンプ競技の真似をしたり、子供ながらに興奮の日々を過ごした記憶がある。

ゼッケン「45」番をつけて70メートル級ジャンプ(当時)で金メダルを獲った"日の丸飛行隊"笠谷幸生選手の勇姿は記憶に焼きついている。

 

平昌五輪での熱戦が続いている。今の子供たちは、このオリンピックをどう受け止めて、どう楽しんでいるのだろうか。

 

雪や氷の上での熱い戦いの一方で、北朝鮮の参加によって、この大会が一気に政治色を増したことは間違いない。

開会式での南北朝鮮チームの統一旗を先頭にした入場行進、そして聖火リレーでの両国選手のバトン。こうした姿をスタンドで見守るのは、来賓として訪れた北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の妹である金与正党第一副部長、そして金永南最高人民会議常任委員長。

韓国の文在寅大統領の歓待モードを相まって「ほほえみ外交」なる言葉も登場した。文大統領への訪朝も親書によって要請された。

この南北融和ムードを見ながら、つい1か月前までの北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐる国際的緊張は一体どこへ行ってしまったのかと不思議な気持ちになる。

またメディアに身を置く立場として僭越なのだが、「北朝鮮情勢が緊迫」「Jアラートとは?」「今年の漢字は"北"」などと伝えてきながら、北朝鮮の五輪来韓メンバーらを「美女応援団」「美女軍団」などと持ち上げる違和感も否めない。

 

「平和の祭典」と言われるオリンピックだが、その歴史を振り返ると国際政治との関係は深い。あらためてその思いを強くしたのは、平昌五輪開会式の入場行進で日本選手団の副団長として参加した山下泰弘さんの姿を見たためでもある。

柔道選手として一世を風靡した山下さん。1984年(昭和59年)ロサンゼルスオリンピックでの金メダル獲得などによって国民栄誉賞も受けたスポーツ界のヒーローであるが、その4年前には涙を見せていた。

ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して、アメリカが1980年(昭和55年)8月にモスクワで開催されたオリンピックをボイコット、西側友好国に対しても大会不参加を呼びかけた。日本も追随してこの年の五輪参加を見送った。

当時「金メダル確実」と見られていた山下選手は悔し涙を流したのだった。

山下選手がケガをしながらも無差別級決勝でエジプトのラシュワン選手を破って金メダルを手にした1984年ロス五輪については、今度はソ連はじめ東側諸国がボイコット。

1988年(昭和63年)のソウルオリンピックにて12年ぶりようやく世界各国の揃い踏みが復活した。

 

札幌冬季オリンピックの同じ年、1972年9月には、ミュンヘンオリンピックの選手村にパレスチナのテロリストが侵入し、イスラエル選手らを殺害する事件も起きている。

混迷する中東情勢の中で起きた、五輪最大の悲劇である。

 

さらに歴史をさかのぼれば1936年ベルリンオリンピックは、当時ドイツで台頭していたアドルフ・ヒトラーのナチス政権が、プロパガンダに利用した大会として刻まれている。大会の裏にある軍国主義や反ユダヤ主義を感じ取ったヨーロッパやアメリカはボイコット運動を行ったが、この時は不参加までは至っていない。

そして、その後に第二次世界大戦が勃発したことは、歴史が証言している通りである。

 

平昌五輪も、各競技が進むに連れてようやく選手たちが主役の座につき、開会式で世界に示された政治色は日々薄くなっている感があるが、この五輪後には延期されていた米韓合同軍事演習も再開される見通しである。

再び緊張が訪れるのか。北朝鮮をめぐる情勢は「ほほえみ外交」という言葉とは裏腹に予断を許さない。

 

『虹と雪のバラード』では、歌の中でオリンピックのことを「きみ」と呼びかけていた。平昌五輪、「きみ」は大会後の北朝鮮情勢にどんな実りを残してくれるのだろう。

   

東西南北論説風(31)  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

 

球春!ドラゴンズ逆襲へのキーワードは?

北辻利寿

2018年2月 5日

2月に入り、プロ野球の各球団は一斉にキャンプをスタートさせた。

ファンにとっては待ちに待った季節である。シーズンに向けて、ご贔屓のチームがどんなスタートを切るのか?キャンプ地から毎日届くニュースに胸を躍らせる。

何よりもこの時期は、応援しているチームの優勝を宣言しても誰も文句は言わない。

ある意味で、ファンにとっては"言いたい放題"が許される、短くも楽しい日々でもある。

 

最も注目のキャンプ地便りは、今年の場合は国内からでなく海外からである。

北海道日本ハムファイターズが一次キャンプを行なっているアメリカのアリゾナ州スコッツデール。注目のルーキー清宮幸太郎選手が、背番号「21」のユニホームを初披露した。右手親指を痛めていて打撃練習は見送られているが、その一挙手一投足にファンの目が注がれる。

12球団で唯一、初めて采配をふるう新監督が誕生した千葉ロッテマリーンズ。沖縄の石垣島からは井口資仁監督の若々しい気合いの咆哮が伝わってくる。

セ・リーグでは、球団初の3連覇をめざす広島カープ、大谷翔平選手と同期である甲子園のスター藤浪晋太郎投手の復活が待たれる阪神タイガース、ドラフト1位で東克樹投手を獲得し着々と「左腕王国」を築く横浜DeNAベイスターズ、昨季の本塁打王を獲得したが先発陣のコマ不足解消がテーマの讀賣ジャイアンツ、そしてメジャーから古巣へ戻った青木宣親選手を起爆剤に最下位脱出を狙う東京ヤクルトスワローズ・・・いずれも話題豊富なキャンプとなっている。

 

そして、創設82年目を迎えた球団史上ワーストの5年連続Bクラスと低迷する中日ドラゴンズ。

昨シーズンの実績から見れば、その戦力はセ・リーグの中でも残念ながら見劣りすると言わざるをえない。2ケタの勝ち星をあげた投手は皆無、本塁打王のゲレーロ選手もジャイアンツに移籍してしまった。

現状で計算できる選手は投手野手を通してただひとり、大島洋平外野手である。もうひとり、去年の新人王・京田陽太内野手も挙げたいところだが、何といってもまだ2年目。プロ野球界には"2年目のジンクス"という伝統的な言葉があり、ここは慎重に構えたい。

球団トップの口からも毎年この時期には出ていた「優勝」という言葉はなく「Aクラス入り」という表現にトーンダウンしていることからも、チーム現状のきびしさがうかがえる。

 

ひとつのキーワードを念頭にして、ドラゴンズ浮上の課題について期待を込めて挙げてみる。そのキーワードが何か?は後ほど紹介する。

 

投手では、小笠原慎之介、柳裕也、そして鈴木翔太という若い"ドラフト1位トリオ"がどこまで勝ち星を積み重ねることができるか。

こちらもドラフト1位で入団し唯一1軍キャンプに選ばれた鈴木博志が"即戦力"として本人の希望通りにセットアッパーまたはクローザーとして機能するか。

岩瀬仁紀、山井大介、そして浅尾拓也のベテランが活躍できるか。

そして2018年キャンプの主役となっている松坂大輔が初のセ・リーグで復活を遂げることができるか。

 

捕手では、北海道日本ハムからFA移籍してきた大野奨大が、待望久しい"正捕手"の座に座ることができるか。

 

野手では、毎年期待されながらも燻り続ける高橋周平が、その打撃力から内野のレギュラーを奪い取るか。

選手会長になり進境著しい福田永将が「サード4番」という期待に応えられるか。

明るいキャラクターだがなかなかシーズンを通して活躍できない平田良介がケガから復帰し「ドラゴンズ愛!」とヒーローインタビューで絶叫できるか。

新外国人選手であるアルモンテとモヤがホームラン35本を打ったゲレーロに代わることができるか。

3~4年前に社会人から入団し若い背番号を付けながらも1軍に定着できない野手たちが、過去に同じ番号を背負ってきた大先輩たちに顔向けできる活躍をできるか。

 

そのキーワードは「大化け」である。

すべてがすべて化けることは無理としても、この内の1つや2つではなく、複数のポイントで「大化け」がなければ、ドラゴンズの今シーズンもきびしい戦いとなるだろう。

逆に「大化け」があれば楽しみにシーズンになる。

ペナントレースは"生き物"である。ぜひ「大化け」を積み重ねてもらいたい。

そのためには、このキャンプをどう過ごすかが勝負となる。

どの球団でもあることだが「今年のキャンプは例年と違って・・・」と練習強化の報を聞くと、「では去年は何をしていたの?」と思ってしまう。プロなのだから。

妥協せず、徹底的に満足できるキャンプを送ってほしい。

数々の指導者や名選手が口にしてきた言葉がある・・・「練習は嘘をつかない」。

 

キャンプ序盤に、ドラゴンズの北谷キャンプから届く話題は「松坂、松坂、松坂」だった。訪れるファンの数も、2000人、3000人、そして5000人と日に日に増加。

「松坂が投げた」どころか「松坂が打った」ことも全国ニュースになる。これがスーパースターなのだとあらためて認識させられた。

 

注目を集めることはプロ野球の球団にとって大切なこと、「早くも松坂獲得の効果あり」と言いたいところだが、ドラゴンズというチームにおいては、去年秋のドラフトで入団したルーキーたちよりも最も歴史の浅い選手、「新参者」なのである。

これまでドラゴンズブルーを背負って戦ってきた選手たち、この現象をどう受けとめるのか?ここで悔しがらなくてどうする?巻き返さなくてどうする?

今のドラゴンズにも名前を挙げてきたように素晴らしい選手が沢山いる。

これからのキャンプの日々で、話題の主役の座に名乗りをあげていってほしい。

その結果として次々と「大化け」を実現してくれる選手が増えてくるならば、それこそもう1つの大きな"松坂効果"となる。

 

東西南北論説風(30)  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

 

列島を襲う寒波とポテンヒットの考察

北辻利寿

2018年2月 1日

画像:足成

子供の頃の冬の楽しみのひとつに、色とりどりの氷を作った思い出がある。

赤、青、黄などいろいろな絵の具を水に溶かせて、それを沢山の小さな容器に入れて一晩屋外に出しておく。一夜明けるとそれが凍り、カラフルな氷が出来上がるというわけである。

結構、頻繁に作っていた記憶があるということは、連日、氷ができる寒い日々だったのだろう。1960年代前半、半世紀ほど前のことである。

 

地球温暖化の影響によって「暖冬」と言う言葉にもすっかり慣れて、冬の朝に町で氷やつららを見ることも少なくなっていた。

カラフル氷の思い出も遠い昔かと思っていた矢先、日本列島を過去最強クラスと言われる寒波が襲った。東京の都心で2日連続氷点下3度以下というのは実に53年ぶり、そして4年ぶりという20センチを越す積雪によって交通機関も大混乱した。

名古屋の街も真っ白く雪化粧し、氷やつららもあちこちで見ることができた。

寒さは今なお続く。

 

街では、いたるところで雪かきをする人の姿が見られた。

こういう時、特に商売をしているお店の姿勢がよく分かる。朝早くから歩道の雪かきが終わっているのは老舗と言われる店に多い。客を転ばせてはいけない。迎える姿勢が伝統的にでき受け継がれているのだろう。

早々にちゃんと雪かきが終わっている店、そうでない店、歩道を見るとそのまだら模様がはっきりしている。コンビニエンスストアの中で、店の前に、数日後も雪がベッタリと残っている店を見ると残念な気持ちになる。24時間営業なのだから、客の安全のためにも何とか早めに歩道の雪を取り除く対応をしていただいてもいいのではないか。

 

自宅近くの小学校脇で、早朝から懸命に通学路の雪かきをする先生の姿に遭遇した。

その横を集団登校の子供たちが、白い息をはきながら通る。シャベルを持った先生と子供たちが交わす朝の挨拶が清々しい。

自分の家の前だけでなく、両隣や向かい側の家の前までも少し余分にはみ出して雪かきをする人の姿も見られた。温かい気配りである。寒波は雪景色だけでなく、そんな人々の素敵な風景も運んでくれた。

 

そんな寒さが続く日々に、犯罪を疑う遺体を調べる検視について、愛知県警が検視を担当した医師への謝礼金を支払っていなかったミスを発表した。過去5年間で約1500件あったそうだ。

病院から「支払いがない」と問い合わせがあって発覚したのだが、愛知県警によると遺体の状況によって、検視料を国が払うか県が払うか分かれているという。

「国が払ったと思った」「県が払ったと思った」どうやら担当者の思い込みで隙間が生じてしまったことが原因らしい。

 

組織の危機管理において気をつけなければならないのは、実は「ポテンヒット」だと言われている。

組織内の誰もが注意する重大リスクは、内部統制において意外にしっかりとコントロールされる。しかし、組織に複数のセクションがあり、共同で何かに取り組む際に管理の隙間が生じることがある。

えてして仕事ができる担当者は、自分の仕事エリアをきちんと守りながら「自分がやっているのだから相手も当然やっているはず」と座標軸を「自分」基準に考える。

その結果、どちらもコントロールできていない空白区が生まれ、そこにリスクという名のボールが落ちる。

プロ野球でも野手同士が声をかけ忘れてポテンヒットになるケースがあるが、有無を言わさず諦めのつくホームラン以上に、ポテンヒットによる得点はダメージが大きい。

 

自分のエリアだけでなく、少し余分に他人のエリアも雪を取り除いてあげる配慮を多くの人がするならば、きっと滑って転ぶ人の数も少なくなるように思う。リスクを防ぐお互いの「糊代」があると心強いのは、何も雪かきだけではない。

久しぶりの都会の大雪は、カラフル氷からポテンヒットまで様々な思いをめぐらせてくれた。

まもなく立春。陽射しの中にはかすかな春を感じるが、寒さはまだまだ続く・・・。 

 

東西南論説風(29)  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

 

晴れ着トラブルへの大いなる怒り

北辻利寿

2018年1月29日

画像:足成

「節分の日」が土曜日のため、週末に家族で食べようと馴染みの店が注目を受け付けている特製「恵方巻」を予約した。

この店の恵方巻を以前にも2~3回食べたことがあり、とても美味しかったので再び・・・と店頭にて予約注文したのだが、その場で代金の支払いを求められた。

「えっ?」。

当日には同じ店で他の惣菜も一緒に購入するつもりだし、前に予約した際は当日受け取り時での一括支払いでよかったのに・・・。ましてや電話予約でもOKだった。

そう言えば、去年のクリスマスに同じ店でローストチキンを買った際も、予約と同時に料金を求められたことを思い出す。店のシステムが変わったのだ。

 

ふと思い出したのは、去年の忘年会シーズン、飲食店の「無断キャンセル」が相次いでいると複数のメディアが取り上げたニュースだった。

20人、30人といった規模で宴会の予約が入る、しかし当日誰もやって来ない。店が幹事役の人間に電話すると「じゃあ、キャンセルで」とひと言。ちゃんと自分の電話番号をお店に伝えているのだから、悪戯ではないのだろう。

しかし、お店にとっては料理の仕込みや他の客へのお断りなど、大変な損害であろう。

そんな時代の中、恵方巻も「予約」即「支払い」とせざるをえなかったのだろうか。

 

客からではなく、店側からの"ドタキャン"で、この正月に世間を騒がせたのは、成人式の晴れ着騒動である。

横浜市の貸衣装会社「はれのひ」が営業を突然停止し、「成人の日」に合わせて予約していた大勢の新成人が、振り袖を着られなくなるという事態になった。

驚いたことだろう。一生に一度の"晴れの日"に喜びにあふれて晴れ着に袖を通そうとしたら、予約してあった店がもぬけの殻、着付け会場には誰もいない。成人式の開始時刻は迫ってくる。想像するだけでも背筋が寒くなる。それが現実に起きてしまった。

親子二代で着ようと預けてあった母親の晴れ着も店と共になくなってしまったという女性客もいた。ひどすぎる。新年早々に本当に腹が立った出来事である。

 

騒動から3週間、ようやく社長が姿を見せて記者会見を行なった。しかしその内容に納得した被害者は少ないようだ。

会見で社長は去年4月には経営危機に陥っていたことを明らかにしたが、なぜその時点で顧客にアラームを伝えなかったのだろうか?

「はれのひ」という会社名、その象徴が「成人の日」であるはずだ。古来、商売というものは、売る側と買う側の信頼関係に基づくのが原則である。

社長は詐欺を否定したものの、どんな理由であれ、これは許されないことだろう。

 

平成という時代がまもなく終わる。

昭和の時代には、金の先物取引で多くの消費者を泣かせた豊田商事事件があった。当時、この事件を取材したが、「だまされているかなと思ったけれど、私の話し相手になったくれたことが嬉しかったので話に乗った」と語ったお年寄りの言葉が忘れられない。

核家族化が進み、1人暮らしの老人が増えていく、そんな時代の隙間に生まれた詐欺事件だった。

今回の「はれのひ」トラブルは何なのだろうか?そこには時代も背景も今のところ見い出すことができない。

単なる無責任という"空洞"が広がっている。だからやるせない。だから悲しい。そして怒りがこみ上げる。そんな時代に生きていることを、再認識させられた悲しい新年の1か月だった。

 

今回のひどいトラブルの中、世の中まだまだ捨てたものではないという動きがあった。

騒ぎを知った同業者が、ホテルなどから連絡を受けて支援を申し出て、途方にくれていた大勢の新成人に晴れ着を着せた。

行政も式典の時間を遅らせるなどの柔軟な措置を取って、ひとりでも多くの新成人が出席できるようにした。当日の対応としては実にスピーディで見事だった。

キャンセルに合った新成人にとって、1年以上も前から自分が選び抜いた晴れ着を着られなかったことは悲しい事態だろうが、善意という晴れ着は温かく身を包んでくれたことと信じたい。

 

まもなく節分。「鬼は外、福は内」という言葉をあらためて噛み締める。

 

東西南論説風(28)  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

 

"ドラゴンズ松坂投手"誕生に贈る5つの期待

北辻利寿

2018年1月23日

松坂大輔投手の中日ドラゴンズ入団が決まった。1月23日午後、ナゴヤ球場で行われた入団テストに合格して、即入団が決まった。背番号は「99」と発表された。

 

ソフトバンクホークスを昨シーズン限りで退団した松坂投手については、その獲得にドラゴンズが名乗りを上げてから、ドラゴンズファンの間でも意見が真っ二つに分かれていた。否定的な意見の理由は、37歳という年齢に加えメジャーから日本球界に復帰しての3年間で1ゲームしか登板していないことだろう。ましてや昨シーズンの登板は0である。

去年11月のドラフト会議指名内容からも明らかなように、ドラゴンズが若手への切り替えを進めているチームだからこそ、ファンが疑問符をつけたくなる気持ちも当然であろう。

 

しかし、私は次の5つの理由から、松坂投手のドラゴンズ入団決定に期待したいと思う。

 

第1に、松坂投手が再びマウンドで投げる姿をもう一度見てみたい。

「松坂大輔」というブランドは、アマプロ問わず野球ファンにとってはやはり特別なものであり、パ・リーグそしてメジャーに続き、セ・リーグでは初のマウンドになる。

復活がかなえばその投球を見てみたいし、ドラゴンズファンの立場なら「ナゴヤドームのマウンドに立つ松坂が見たい」となるだろう。

 

第2に、松坂本人の「投げたい」という気持ちを大切にしたい。

甲子園を沸かせたスーパースター、そして日米通算164勝を挙げた投手が、入団テストを受けてまで現役生活にこだわるのである。

完全燃焼していないのなら、その思いを大切にしてあげたい。

3年間まったく戦力にならなかったホークスファンには申し訳ないが、華麗なる復活を目の当たりにしたい。

 

第3に、若返りを進めるドラゴンズのチーム内への効果である。

球団が松坂投手にアプローチを始めたことが表面化する中、多くの選手が松坂投手への"あこがれ"を語っている。

一流選手の言葉そして所作は、何よりの勉強材料になる。まして松坂投手は日本球界だけでなくメジャーでも活躍、さらにそこでの故障や挫折も味わっている。

チームにとっては有形無形の好影響があると思われる。同時に松坂世代のベテラン投手にも大いに刺激になるであろう。ブルペンの活性化は「投手王国」復活をめざすチームにとって何よりのことだ。

 

第4に、ドラゴンズというチームの体質である。

今年で球団創立82周年を迎えた老舗チームであり、その歴史において、これまでも意外な"懐の深さ"を見せてきた。

2002年(平成14年)にはメジャー行きを希望していた大阪近鉄バファローズの大塚晶文投手を受け入れて、翌年オフにポスティングでサンディエゴ・パドレスへ送り出している。

2007年にはオリックスバファローズを自由契約になり行き先のなかった中村紀洋選手を育成選手と入団させ、その後、支配下選手として登録した。中村選手はその年の日本シリーズでMVPを獲得した。

選手ばかりではない。ライバル球団である讀賣ジャイアンツで選手そして監督として活躍した故・水原茂氏を1969年(昭和44年)に監督として受け入れて3年間采配をまかせた。その間に新人として入団してきた故・星野仙一投手や谷沢健一選手らはその5年後に20年ぶりのセ・リーグ優勝の中心選手となった。

また、FA宣言して宿敵ジャイアンツに去って行った落合博満氏を、2003年オフには監督として戻している。ドラゴンズ球団史において翌年からの落合政権8年間は"黄金時代"となった。

数々の歴史が証明するように、名古屋に本拠地を置くこのチームは、球界で独自の光を放ってきた。松坂にもその光が注ぐことになる。

 

第5に、ドラゴンズが"オフの主役"として一躍スポットライトを浴びることになる。

「京田の新人王」「ゲレーロの移籍」この2つ以外に目立った話題の少ないシーズンオフである。5年連続Bクラスと低迷する中、大谷・清宮フィーバーに沸く北海道日本ハムファイターズだけが注目される現状にやきもきしてきたファンも多い。

松坂投手の入団によって、2月からスタートする沖縄キャンプ、オープン戦などシーズン開幕への日々が全国的に大きな注目を集めることになった。

そして、もし松坂投手の復活が実現すれば、公式戦でのナゴヤドーム観客動員への計り知れない効果が期待できる。

今から22年前にオープンしたナゴヤドームはここ2年連続で観客数200万人を割り、昨シーズンは1試合の平均観客数が2万8619人と開場以来、最も少ない数字となった。松坂投手がそのマウンドに立てば、間違いなく観客は増えるはずだ。

 

もちろん、今回の松坂投手獲得はプロ野球の球団として様々な計算もあってのことだろう。しかし、ドラゴンズの森繁和監督が先日テレビのインタビューで語った言葉・・・

「野球に対する姿勢。力が劣っていても向かっていく姿勢が、今のウチ(ドラゴンズ)に必要だ」。その松坂投手へのエールに拍手を贈りたい。

 

個人的な希望を述べる。ご容赦いただきたい。

2018年シーズン、マツダスタジアムでの広島カープとの開幕3連戦の後、ドラゴンズは4月3日にナゴヤドームで本拠地としての開幕を迎える。相手は讀賣ジャイアンツである。その先発マウンドに是非、松坂投手に立ってもらいたい。そして、移籍してきたばかりの四番打者から三振を奪ってほしい。竜飲、いや留飲が下がる名古屋のファンも多いことだろう。

そんな楽しみを抱かせるのが「松坂大輔」という投手である。

 

東西南論説風(27)  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

「働き方改革国会」に注目だ!

北辻利寿

2018年1月19日

【CBCテレビ イッポウ金曜論説室】

●安倍晋三首相は、1月4日に三重県伊勢市で行なわれた2018年最初の記者会見で、近づく通常国会について次のように宣言しました。「働き方改革国会です!」。

その第196回通常国会が、1月22日に召集されます。会期は6月20日までの150日間です。

 

●今回の通常国会ではたくさんの法案が審議されます。

去年秋の衆議院解散によって先送りされた法案の中でも、注目されるのは、安倍首相の言葉にもあった「働き方改革法案」です。

ポイントは、これまでいわゆる"青天井"状態で延ばすことができた残業時間に上限の規制を設けること、同一労働で同一賃金を得るルールの導入、そして、高い収入の専門職を労働時間の規制から除外する「脱時間給」制度などが挙げられます。

厚生労働省は、この働き方改革関連法案の施行について2020年をメドとしていますが、野党は残業代との関連で反発する姿勢も見せており、国会での審議の行方に関心が高まります。

 

●もともと通常国会では新年度予算案の審議が重要です。

2018年度の新年度予算案は一般会計が総額97兆7128億円余りと、6年連続で過去最大の更新となりました。社会補償費や防衛費のアップが目立ちますが、アベノミクスも6年目に入る中、国民の実感が伴う景気対策が望まれます。

 

●この他に審議が予定される主な法案では、飲食店での受動喫煙対策を強化する「健康増進法改正案」。

18歳選挙権も定着しつつある中、成人年齢を20歳から18歳に引き下げる「民法改正案」。この民法改正案には、高齢社会に合わせて相続制度の見直しも盛り込まれます。故人の配偶者が自宅を引き継ぐ権利などで優遇される内容で、こうした相続法制の大幅な見直しは1980年以来、実に38年ぶりです。

 

●この他にも、カジノを含む統合型リゾート実施法案などもが注目されますが、何と言っても、その行方に関心が集まるのは、憲法改正案です。

安倍首相は「働き方改革国会」と宣言した同じ記者会見において、「憲法のあるべき姿を国民に提示した上で、憲法改正に向けた国民の議論を一層深めていく、そんな1年にしたい」と年頭に語っています。通常国会の間に、憲法改正案についても何らかの動きがあるのか、私たちひとりひとりが注視していかなければなりません。

 

●その一方で、対する野党ですが、去年秋の解散総選挙の際に、民進党が分裂しました。立憲民主党、希望の党、そして民進党など、かつてのひとつの党にいた議員たちがどのように共闘を組み、野党として自民党政権と見合っていくのか。

希望の党と民進党の統一会派作りも白紙になるなど、野党共闘の行方は不透明です。

去年、国会では党首討論が行なわれませんでした。野党側の時間が短縮される質問時間の配分問題など、本来国会の場で必要な本格的な論戦が次第に曖昧になってきている現状です。

まさかの衆議院解散総選挙がなければ、来年2019年夏の参議院選挙まで国政選挙がないと見られる中、今後の国会の枠組みをも占う大切な通常国会になります。

イッポウ「金曜論説室」より  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

野球の敬遠革命~田尾は岩鬼は何思う?

北辻利寿

2018年1月16日

画像:足成

中日ドラゴンズで活躍した田尾安志選手を語る時に必ず出てくるのは、1982年(昭和57年)10月18日、近藤貞雄監督の下でセントラルリーグ優勝を決めた横浜スタジアムでのゲームである。

ドラゴンズがマジック1で迎えたこのゲームには、優勝とともに首位打者争いがかかっていた。打率トップは横浜大洋ホエールズの長崎啓二選手(現・慶一)で3割5分1厘、2位は田尾選手で3割5分0厘1毛。その差はわずか9毛差で、田尾が1本ヒットを打てば逆転する僅差だった。
長崎にタイトルを取らせたいホエールズは長崎をスタメンから外してベンチに置き、田尾を毎打席敬遠するという策に出た。田尾は最後のチャンスとなった5打席目、3ボールからの敬遠球を2球続けて空振りする。
打者としての勝負を避けられたことに対する猛烈な抗議であり、その姿にドラゴンズファンはもちろん、多くのプロ野球ファンは声援を送った。そんなシーンももう見られなくなるのか。

敬遠をする場合に申告すればボール4球投げなくてもいいという「申告敬遠」規定が野球ルールに採用された。先日開かれたプロ・アマ合同の日本野球規則委員会で決まったのだが、守備側の監督が審判に対して敬遠の意向を表明すれば、投手は1球も投げないまま打者は「四球」として1塁に出塁できる。


今回のルール変更の理由には、2020年の東京五輪での野球競技復活がある。
全日本野球協会では「日本の国内ルールが、米メジャーリーグや国際大会との食い違いがあってはいけない」と説明した。メジャーリーグではすでに2017年シーズンから、試合時間短縮を目的に「申告敬遠」を採用している。

しかし、いち早く昨シーズンにメジャーリーグにおいて、バッターボックスで実際に"投げない敬遠"を経験したイチロー選手は「ダメ。面白くない。ルールを戻すべき」と語った。
野球選手は試合中のリズムを気にすると言う。守備の間にバッティングの意識を高めると語る選手もいて、そういう選手は指名打者に回ることを嫌がったりもする。試合時間の短縮以上に、ゲームのリズムにどんな影響が出るのだろうか。

野球漫画『ドカベン』でも敬遠四球はドラマを盛り上げる要素として登場している。
主人公・山田太郎捕手に勝るとも劣らない人気キャラクター・岩鬼正美選手は、他の選手が打たない"悪球"を見事に打つ選手で始球式のボールをホームランにしたほどだが、岩鬼が敬遠のボールを打つドラマも新ルールではなくなってしまう。
また山田や岩鬼の所属した明訓高校のエース里中智投手が、迷いながら投げた敬遠のボールを、ライバル横浜学院高校の強打者・土門剛介選手に痛打されるシーンも印象的だが、こうした場面も今は昔か。
敬遠球打ちについては、実際、1990年(平成2年)6月2日の讀賣ジャイアンツ対広島カープ戦では、巨人のクロマティ選手が敬遠のボールを二塁打にしてサヨナラ勝ちしたというドラマもあった。何が起きるかわからない、だから野球は面白いのだが・・・。

きわどいプレイの判定にビデオ映像の検証を求めることができる「リクエスト」。
延長13回から無死1,2塁で試合を開始し決着がつくまで繰り返す「タイブレーク」。
「申告敬遠」と共にいずれも今年からお目見えしていく新ルールである。
どこか"合理的"な印象が否めないが、法律が時代と共に改訂されていくのと同じように、野球ルールにも変化が訪れてもおかしくはない。
ただ、一度決めたルールだから、と頑なに進むのではなく、常に検証を心がけ、場合によっては微修正していくような柔軟性を持って臨んでほしい。野球本来が持つ面白さ、醍醐味、ドラマ性などがルール改正に伴いマイナス面の影響を受けることなく、ますます進化していくように・・・。

5打席連続の敬遠によって首位打者を逃した田尾選手、その打席の印象と記憶は、首位打者を取った選手と同等に強烈であることは歴史が証明してくれている。

【東西南論説風(26)  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

新年はニュース続々!でも越年課題も山積

北辻利寿

2018年1月12日

画像:足成

新しい年になって2週間、いつもの年に比べてかなり多くの出来事が起きている。

韓国と北朝鮮の2年ぶりの対話、沖縄での相次ぐ米軍ヘリ不時着、元横綱・日馬富士問題での貴乃花親方の理事解任、カヌー選手による禁止薬物混入、「成人の日」晴れ着業者トラブル、そしてプロ野球で活躍した星野仙一氏の死去・・・。

ニュースは連日にぎわっているのだが、実はこのお正月は越年した課題も沢山ある。

 

海外で気になるは、暮れの12月になって世界を驚かせたアメリカのトランプ政権によるエルサレム首都認定。

国連の場における「首都認定」撤回決議までが年内にあった国際的な大きな動きであったが、今後このトランプ大統領の決断をめぐって、世界に何が起きるのかは想像もつかない。テロの懸念もある。

今から25年前、クリントン米大統領の仲介により、イスラエルのラビン首相とPLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長による歴史的な握手、それをイスラエルやパレスチナ自治区の現場で取材した思い出があるが、あの高揚感は何処へ・・・。

中東和平の歩みは決して容易でないことは歴史が語っているが、これまでずっと中東和平の仲介役をしてきたアメリカの方針転換は、ヨーロッパ各国の強い反発の中、世界に亀裂を入れたまま年を越した。

 

北朝鮮をめぐる情勢も、年が明けて南北会談が行なわれたからと言って、核ミサイル開発問題に出口が見えたわけではない。

まもなくお隣の韓国では平昌オリンピック・パラリンピックが開幕、北朝鮮も参加を表明したものの、競技と同様に朝鮮半島には世界中の注目が集まっている。

 

国内では、6年目を迎えた安倍政権の課題。安倍総理は年頭会見で、1月22日に召集される通常国会を「働き方改革国会」と位置づけ関連法案に取り組むことを明らかにした。受動喫煙をめぐる健康増進法改正法案や成人年齢を20歳から18歳に引き下げる民法改正法案など、去年秋の衆議院解散によって先送りされたテーマが目白押しである。

また継続されている憲法改正論議についても「あるべき姿を年内に提示」と意欲を示した。しかし、去年の流行語に「忖度」という言葉まで送り込んだ、いわゆる「森友・加計問題」は本当にこのままで済んでいくのだろうか。これも越年の課題と言えよう。

対する野党も課題が続く。秋の解散総選挙をきっかけに民進党が分裂したが、立憲民主党、希望の党、そして民進党、この3党の今後の協力態勢もどうなるのか?

これまで「同床異夢」とも見られていたが、今や「異床異夢」の状態である。国会審議が進む中でどう動くのだろうか。

 

去年後半になって続々を発覚したメーカーを中心にした不祥事。日本を代表する大企業で次々に見つかった不正や検査データの改ざんに、日本製ブランドの信頼は大きく揺らいだ。本当にこれで打ち止めなのか。そして新幹線のぞみの台車亀裂とそれを見逃してしまった管理体制のすき間。新幹線の安全神話が揺らいだショックも癒えていない。

 

そして沖縄の基地問題も出口が見えてこない。

12月に入っての米軍ヘリからの窓枠落下事故など火に油をそそぐ事態が次々と起きた上、年が明けてもヘリ不時着などが続いている。そんな中、2月には普天間基地の移転先とされる辺野古、それを抱える名護市の市長選が投票を迎える。

秋にはいよいよ沖縄県知事選も・・・。年を越しても沖縄から目が離せない。

 

スポーツ界では、元横綱・日馬冨士の暴力問題から端を発した相撲協会の内部亀裂。

1月場所は待ったなしでやってくるが、立行司のスキャンダルも発覚。春に向けて理事選もあり貴乃花親方の動向などが引き続き注目されるなど、春に向けて各界の動揺は収まりそうもない。

平昌オリンピック男子フィギュアの羽仁結弦選手の怪我の状態も年越しの心配事である。そして海の向こうのスポーツでは、イチロー選手が今シーズンにプレイするチームが未だに決まっていない。年越しである。

 

除夜の鐘は、古い年を除き去り新年を迎えるものと言う。除夜の鐘の数は108。

107は年内に打ち、残り1つを新年に打つという寺もある。

その数は煩悩の数だと言われるが、実は野球の硬式ボールの縫い目の数も同じ108である。人気漫画『巨人の星』で主人公・星飛雄馬の父・一徹が、除夜の鐘とボールの縫い目の数が一緒だと語る場面がある。この数の一致は偶然だというのが定説であるが、とはいえ数は同じ。

『巨人の星』と同じ、野球を生業(なりわい)とするイチロー選手にも、そして多くの越年の課題にも、早く108個目の鐘が鳴って何かが動くことを願っている。

 

東西南論説風(25)  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

 

弔辞~中日ドラゴンズ星野仙一投手へ

北辻利寿

2018年1月 9日

新年最初のコラムで、まさか貴方へのお別れの言葉を述べることになるとは想像もしていませんでした。星野仙一さん。1969年(昭和44年)中日ドラゴンズ入団の時からすっと見守ってきたドラゴンズファンとして、思いを語らせていただきます。

ドラゴンズファンとして星野投手が大好きでした。
エースナンバー背番号「20」を背にマウンドで躍動する姿にいつも興奮しました。
何より讀賣ジャイアンツに強かった。生涯146勝の内、巨人からの35勝は見事です。そして、そのジャイアンツの10連覇を阻止して、ドラゴンズが20年ぶりのセントラルリーグ優勝を決めた瞬間のマウンドには、貴方が仁王立ちしていました。1974年(昭和49年)10月12日のことです。
私にとってこの優勝以上に嬉しい優勝はその後もなく、今後もないと思います。
その前夜の神宮球場、土壇場で同点に追いつき優勝マジックを2としたマウンドにも貴方がいました。鬼気迫る投球に私は翌日の優勝を確信しました。

私が最も好きな貴方のマウンドは、1978年(昭和53年)8月10日ナゴヤ球場。相手はやはり讀賣ジャイアンツでした。
私の日記にはこのゲームのことが詳細に記されています。
4-3の1点差リードで迎えた7回表、無死2、3塁というピンチでリリーフに立った貴方はその回を抑える。
そして1点差のまま迎えた運命の9回表。今度は一死満塁でバッターボックスには四番の王貞治選手。外野フライで同点、ヒットなら逆転という絶体絶命の大ピンチでした。
結果はセカンドゴロでダブルプレイ。高木守道二塁手の軽やかな守備での併殺、そして貴方のガッツポーズ。今でも鮮明に目に焼きついています。

ゲームの後、球審が語った言葉に震えました・・・「星野投手の球そのものに気合いが入り、何とも言い表せない勢いが加わった。最後の一球は真っ直ぐ来たのに、王が打とうとした瞬間になぜか球が不意に小さく変化した」。
当時の王選手が二塁に併殺ゴロを打つことはほとんどありませんでした。
「気合いによって直球が微妙に変化する」・・・まさに"燃える男"星野仙一の渾身の一球でした。
私の日記はこう締めくくられていました「星野はすばらしい男だ。すばらしく燃える男だ。星野と稲尾(和久)コーチの握手の強く長かったこと!この夏もこれで悔いなし!」。

ドラゴンズファンとして星野監督が大好きでした。
最高の戦略家でもあり演出家でもありました。
2年連続三冠王の落合博満選手を1対4の大型トレードで獲得、度肝を抜かれました。
新監督として初めて臨んだドラフト会議で、5球団による抽選に勝ち見事に近藤真一(当時)投手を引き当てたガッツポーズ。貴方はその近藤投手を高卒ルーキーだった夏にジャイアンツ戦に初登板初先発させて、伝説のノーヒットノーランを実現させました。
次のドラフト会議では立浪和義内野手をこれも抽選で勝ち取り、翌年の開幕戦でスタメン起用しました。そしてその年の昭和最後の優勝。
再び監督に復帰した時は、川上憲伸、福留孝介、そして岩瀬仁紀という名選手をドラフト逆指名で続々と獲得し、ドラゴンズを「入団したい球団」としてイメージアップさせると共に、1999年(平成11年)には開幕11連勝という史上タイ記録によって、またもペナントを勝ち取りました。
神宮球場で胴上げがあった9月30日の夜、祝勝会会場のプールに参謀・山田久志コーチと飛び込んでずぶ濡れになった貴方の笑顔、最高でした。

それだけに・・・2001年秋はショックでした。
10月2日ナゴヤドーム最終戦で「私ほどドラゴンズファンに愛された男はいない」とファンに別れを告げた貴方は、その直後に阪神タイガースの監督に就任しました。
ドラゴンズ監督辞任が健康面での理由と言われていただけに、信じられない気持ちでした。ショックでした。
辞任直後のタイガース監督就任については、様々な事情や理由も聞きました。しかし、ドラゴンズファンとして納得しきれませんでした。
これほど愛して好きだった「星野投手」「星野監督」とは訣別するしかないと思いました。
2年後の2003年、縦縞のユニホームを着た貴方の胴上げ。せめて1年だけでも間を空けてくれていたら、せめて行き先がパ・リーグのチームだったら、と口惜しい思いでした。
気持ちの整理をするには長い歳月が必要でした。2013年に東北楽天イーグルスを日本一にして震災の傷癒えぬ被災地を元気づけた姿には心からの敬意を表しました。拍手を贈りました。あの讀賣ジャイアンツを倒しての日本一、貴方にとっても最高の舞台だったことでしょう。それでも・・・。
そんな複雑な揺らぎも今回の訃報に接しすべて忘れます。今はただ「星野投手」「星野監督」が再びドラゴンズファンの元に帰って来てくれた思いです。

星野仙一さん。
貴方が逝った2018年正月、最も似合ったドラゴンズのエースナンバー「20」は誰も背負っていない空き番号です。どうかそのユニホームに身を包んで、ドラゴンズブルーの空に昇って行って下さい。
そして"燃える男"の後継者にふさわしい投手がドラゴンズに現れたと思ったら、背番号「20」を再びナゴヤドームにお返し下さい。
竜の夢をありがとうございました。

【東西南論説風(24)  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

【画像】

※足成

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